「葬儀は誰のためにするのだろうか」

発行日: 2023年 11月13日
成子新聞: 第29号 掲載

令和5年9月20日 法華感話会 法話

「葬儀は誰のためにするのだろうか」

住職 及川玄一

 皆さんこんにちは。お彼岸の入りにこうして多くの方にお参りいただきありがとうございます。

 数日前、お檀家さんからいただいたハガキの書き出しに、「まだ気温は三十℃を示しておりますが、めっきり蝉の声が聞こえなくなり、秋の虫が鳴きだしました。自然は偉大だとあらためて感じる昨今です」とありました。私もまったく同感です。

 お寺でも秋の虫の鳴き声が聞こえ始めました。週末の法事で「彼岸が近ずくと必ず咲く彼岸花が今年はまったく見られません」と挨拶したのですが、彼岸の入りの今日はしっかりと咲いてくれています。桜は開花の時期が〝早い〟〝遅い〟と話題になりますが、彼岸花は暑かった夏にも翻弄されずに実に正確です。ハガキをくださった方がおっしゃる通り、自然は偉大だなと感心しました。

葬儀が軽視される風潮        

 昨日この本堂で、八十三歳で亡くなった女性のお葬儀を営みました。お亡くなりになってすぐに息子さんが連絡をくれたのですが、「葬儀はやらないで済ませようと思います。荼毘に付しますので納骨だけお願いします」とのことでした。

 実は昨今、このような「お葬式は結構ですから埋葬をお願いします」という申し出が増えています。経済的な理由や、亡くなった親の希望だからと、それぞれに事情があるので一律にこうしなければいけないとは言えないのですが、苦慮しています。

 お葬式の営み方はここ三十年くらいでしょうか、ずいぶん変わりました。四十年ほど前、私が父親のお供でお葬式に伺っていた頃は、自宅で営む方がほとんどでした。その後、町の会館や葬儀社のホールを利用する人が出始め、葬儀式場を営むお寺も出現するなど、あっという間に家で営むということがなくなりました。

 自宅で営んでいた時代は、隣近所や会社関係、親戚の人が手伝ってお葬式を出しました。お通夜が終わると、隣組のご婦人方が煮炊きした料理やかんぴょう巻き、お稲荷さんなどの素朴な料理を頂戴したことを懐かしく思い出します。葬儀が済むまでは肉や生物を避けて精進料理をいただくという意識が残っていました。

 家から出す葬儀が減るのに反して、業者が主体となって営む葬儀が増えました。料理も随分と華美になり費用もかかるようになりました。その分と言いますか、手伝ってくれる人への配慮など、気を使う部分が随分と少なくなり、葬家が負担と感じていた部分が減った面もあります。

 葬儀の形が変わってきた理由は一つではありませんが、ほとんどは社会的な要因、人の意識の変化にあるように思います。核家族化、高齢化、地域や親戚関係の希薄化などです。特に明治・大正生まれの方が社会にいなくなり、戦前にあった価値観が希薄になったことは大きな原因かと思います。

 今の法律になる以前は長男が家督を継ぐものという意識がしっかりと根付いていました。しかし、敗戦によって法律が変わり、相続において子供の権利は一律平等であることになりました。長子相続という意識が根底にある明治、大正生まれの人がまだたくさん残っていた昭和五十年代くらいまではその方たちの価値観が世の中に生きており、家名を絶やさないこと、先祖を大事にすることは最も大切なこととして守られてきました。それゆえに家や先祖と深く関わる葬儀はとても大切なものでした。

 また、本家、分家、一家の長というそれぞれの立場もはっきりしていたので親族の結びつきも強く、儀式の果たす役割は今の時代より数段高いものでした。

ご遺族に伝えたこと          

 冒頭の話に戻りますが、「納骨だけお願いします」と連絡を下さったご遺族にはこちらの考えを伝えながら「せめて本堂にご遺骨を安置してお葬式をされたらいかがでしょうか」と提案をし、昨日、故人の息子さん家族五名が本堂に集まりました。

 一応ご納得をいただいた上で葬儀を行ったわけですが、式後、なぜ葬儀をするべきなのか、改めて私の考えをお話する時間をいただきました。

 私がご遺族にお伝えしたのは、人生をきちんと閉じることの大切さです。そもそもこの世に生まれてくること自身、とても不思議なご縁があってのことです。そのいただいた命は親やありとあらゆるお陰をいただいて成長します。やがて家庭を持ち、母になり、子供を育て、少しずつ老いていきます。平凡に見える人生はけして一筋縄ではなく、多くの努力と忍耐を積み重ねて全うした人生です。死は今生の終わりであり、次への旅立ちです。その命をきちんと閉じることで来世へと旅立つことができるのです。葬儀をせず、時間が経った時に「きちんとお葬式をしておけばよかった」と後悔しても元に戻すことはできません。

 八十三歳で旅立つこの方にもご両親がいます。父母はこの女性が生まれたとき、何を望まれたでしょうか。おそらく元気にすくすくと育つこと。良い縁に恵まれることを願われたのではないでしょうか。ご両親は娘さんが八十三歳まで生きてくれたことを喜び、苦労して頑張られたことを労いたい気持ちでいっぱいだったはずです。「娘さんが今、立派に人生をまっとうし、皆さんのもとへ旅立たれます」と娘さんの人生の終焉をご両親に報告することもお葬式の役割の一つです。

 故人を荼毘に付してからの葬儀という略式のものでしたが、私が考える葬儀の意義の一端をご家族に話したわけです。

祖母・母・子             

 お彼岸の入りだからでしょうか、今日の朝刊にこのような投稿が載っていました。

「祖母の五十回忌」
 木村憲治(76) 奈良県橿原市

 終戦の翌年に生まれた私。1年半後に父は病死した。母、姉2人と私が残され、間を置かず母方の祖母が一緒に住むようになった。戦後の日本、とりわけ父親のいない家庭は貧しかった。母の洋裁の手間賃と家の間貸しの家賃が収入になる。「孫らがちゃんとした大人になるまでは」と、祖母は家事をしながら食料の足しに畑仕事もした。5年ほどたって母はやっと勤め先が決まった。電話交換手の仕事で6日に1度宿直がある。母のいない宿直の夜は怖くて祖母と寝た。

 青少年期を過ぎ、27歳のときに祖母は亡くなった。83歳だった。翌年に私は結婚し、やがて3人の子供に恵まれた。父親と母親と子供のいる普通の家庭にやっとなれた。

 そして今年、祖母の五十回忌を迎えた。母は数年前に亡くなり、出席者は私と妻と子供3人。姉らは体調が悪く出席できなかった。祖母を直接に見知っているのは私だけだった。法事が終わり「これで弔い上げや」。ホッとした。

 祖母が願ったような「ちゃんとした大人だったのか」。もう76歳になる。

(産経新聞9月20日「朝晴れエッセー」)

 終戦後という時代。夫を亡くした妻とその母。貧しい中に祖母、母、姉と暮らす少年。母は女性が外で働くことが少ない時代に三人の子供のために職を得て懸命に働きます。祖母は不憫な娘を助け、孫たちの将来を思い精一杯のことをしようとします。祖母の娘と孫を思う気持ち、母の子を思う気持ち、祖母の五十回忌を無事に勤め上げてホッとする孫、愛情の線が三世代を貫いています。

 人は今生きている人とだけ生きているのではありません。いま旅立つ人を思うすでに旅立った人たちも存在するのです。二十七歳のときに祖母を送った今は七十六歳になる孫の心には、今亡き人の存在がしっかりと生きていました。

お供えにこめられた思い        

 今日は新宿水子地蔵と淀橋七地蔵の供養もさせていただきました。

 水子地蔵、七地蔵の前にはいつもたくさんのお菓子やおもちゃがお供えされています。それらのお供え物には子を思う母の様々な気持ちが込められています。その姿さえ見ることができなかった子供ですが、お母さんはきっと自分が旅立つときまでその子のことを思い続けて生きていくのだろうと思います。

 長話をしてしまいました。お聴き下さりありがとうございました。

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