外国人と暮らすということ
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発行日: 2019年 03月18日
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季報: 春 第93号 掲載
住職 及川玄一
住職に着任して一年が経とうとしています。慣れないながらも少しずつ周囲が見えてきたように思います。温かく迎え、支えて下さった檀家の皆さま方に改めて感謝申し上げます。
昨年十二月の国会で改正出入国管理法が可決され、この四月に施行されます。外国人の労働やその延長として日本に永住することを可能にする法律です。日本の社会にさまざまな影響を与える可能性がありますが、十分な議論がなされたとは思えません。
入管法を改正しなければならなかった理由は、若者が減るなか、建設・飲食・福祉など多方面で深刻な人手不足が起きていることです。外国の人に来てもらわなければ産業が成り立たなくなった。そして、企業経営が安い労働力を求めるのは当然なのです。しかしそのため、性急に移民を受け入れた国の混乱は世界に広がり、移民を排斥する動きは各地で先鋭化しています。
もし、政府が想定する向こう五年間で最大三四万人の外国人労働者の受け入れ、将来その人たちの一部が資格を得て家族を呼び寄せて永住したとき、地域社会に与える影響は少なくないでしょう。
私は、日本の外国人に対する労働や居住への規制は緩和されるべきだと思っていました。それは、自分が米国の永住権を持ち、日系社会という日本からアメリカに移住した方々の社会に暮らした経験から来ています。
新宿区は都内で最も多くの外国人が住む街ですが、言葉や技能・お金が不自由であれば苦労します。それを補うために仲間が集まる場所ができるのでしょう。私が住職を務めたシアトルの寺は、日系人にとってシェルターの役割を果たしていました。今でこそアメリカでも日本食が広く認知されていますが、それはつい最近のこと。百年を超える日系アメリカ人の歴史の大半は米国社会への同化努力と人種差別に耐えることでした。
労働から解放される日曜日に、寺に集まって心おきなく日本語でおしゃべりをする。子供のこと、学校のこと、役所の手続きのこと、給料は真っ当か……。遠慮なく箸を使い、醤油の香りがするうどんをすする。寺が唯一ホッとでき、生きるための情報を収集する場でした。それでもアメリカ社会の目を意識して、寺はキリスト教会風のデザインで建て「チャーチ」と呼びました。
自分の意思で他国に暮らすことを望んだ以上、その国の法律や慣習に従い、倣うのは当然のことです。しかし、外国人が日本で暮らすということは労働力のみが暮らすわけではありません。その人がもつ文化も一緒に暮らすことになるのです。外国の人たちに助けてもらわなければ、私たちの社会が維持できないのであれば、私たちは自身の問題として受け止め、受け入れるための覚悟が必要です。