粋な笑いを

発行日: 2023年 01月01日
季報: 冬 第108号 掲載

住職 及川玄一

 

「門松は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり 目出度くもなし」

 新年号巻頭の一節にしてはドキッとするような言葉ですが、正月になると頭に浮かぶ歌です。作者は室町時代中期の禅僧一休ともいわれています。

 昨今のテレビには一年中お笑いタレントが出ていますが、昔は演芸人がもてはやされたのは正月番組だけだったように思います。そのお笑いも今は西片が優勢のようで、江戸時代の狂歌につながるような、少々毒の効いたブラックユーモアを味わう機会には、なかなか出会えません。つい「談志が生きていたら…」などと思ってしまう所以でもあります。

 世間には毒を避けますが、ユーモアという心にくい洒落っ気に包まれると、頬が落ちるほど美味なるものに変じます。塩が甘味を引き立たせる如くに、です。

 二年前に亡くなったイエズス会司祭で上智大学名誉教授、アルフォンス・デーケン師の著書「よく生きよく笑いよき死と出会う」に、臨終の床にある老婦人が、子や孫に思いやり深いユーモアを披露し、苦しく悲しい死の空間を明るく変えたというエピソードが紹介されています。

 ニューヨークの病院でのことです。九十一歳の婦人は、医師から余命三時間ほどと伝えられます。たくさんの子や孫が病院に集まりました。長男はカトリックの神父です。じっと目を閉じたままの母を見て、昏睡状態に入ったのであろうと、集まった全員でミサを捧げました。

 ところがミサが終わると母は目を開きます。そして、祈りの礼を言うと、「ところで」と一杯のウイスキーを所望しました。周りは驚きます。それでも子供の一人が急いでグラスに注いだウイスキーを差し出すと、母親はそれを一口飲み「ぬるいから、少し氷を入れてちょうだい」と求めました。周りは再びびっくりです。あわてて氷を探してきて入れると「おいしいわ」と飲み干してしまいました。それだけではありません。「煙草が吸いたい」と言い出したのです。

 さすがに長男がたまりかね「医者が煙草は良くないと言っていますよ」とたしなめると、母親は「死ぬのは医者ではなくて、私ですよ。煙草をちょうだい」と言い返しました。そして悠々と紫煙をくゆらせ、吸い終わると、皆に感謝をし「天国でまた会いましょう。バイバイ」と息を引き取ってしまいました。集まった子や孫は呆然としながらも、悲しみの中に和やかなもの、深い愛情を感じたそうです。

 ユーモアはラテン語で「液体」を表す「フモーレス」が語源です。体液、生命の本質、人体に活力を与えるものと意味が広がっていきました。

 広辞苑でユーモアを引くと、「上品な洒落」とあります。もう少し噛み砕けば「上品」には優しさや思いやり、「洒落」には粋な振舞いや遊び心がふくまれます。「ユーモアとヒューマン(人間)は同じ意味だ」と聞いて妙に納得させられたことがあります。ユーモアのない人は人ではない、「人で無し」と。

 「笑う門には福来たる」です。大いに笑わせ、笑う一年をお過ごし下さい。

 皆さまのご多幸をお祈り申し上げます。

帳場にお祀りされる大黒様

人気の季報

2018年 07月01日 発行
夏 第90号
住職就任のご挨拶
住職 及川玄一  常圓寺第四十世としてこの四月から法務を執らせていただいております。先般書状を差し上げましたが、ここに改めてご挨拶させていただきます。 京都大本山妙顕寺の三田村貫首さま ...
2019年 07月01日 発行
夏 第94号
蓮の台(はすのうてな)
住職 及川玄一  住職に就任して一年、檀信徒の皆さまのおかげをもちまして、何とか無事に務めることができました。去年の今頃は、法燈継承式の準備で慌ただしく過ごしておりました。少し落ち着い ...
2020年 07月01日 発行
夏 第98号
世は「妙」なもの
住職 及川玄一  作家の井上ひさしさんが亡くなって十年になる。劇作家としても活躍され、若い頃は浅草の劇場で台本を書いていたこともあったそうですが、戯号(筆名)に用い、法号(戒名)に残る ...
2021年 01月01日 発行
冬 第100号
謹賀新年
住職 及川玄一   あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。コロナ禍にあって世上よろしからず、ご苦労が多いことと拝察しお見舞い申し上げます。  この「季報」が創 ...
2021年 03月01日 発行
春 第101号
時が人を作る
住職 及川玄一  二月九日、いちばん大きな荘厳仏具である天蓋が修繕を終えて本堂に戻されました。大工事であった東・北区画墓地の塀の架替えも同じ日に終了しました。宗祖のご降誕八〇〇年慶讃事 ...
2022年 03月10日 発行
春 第105号
仏々現前
住職 及川玄一  「誰でも仏になれる」と聞いて、どう思いますか。人の心には鬼に見えても、仏を見ることは稀でしょう。死ねばみな仏になるということか、と受け取る人がいるかもしれません。素直 ...
2020年 01月01日 発行
冬 第96号
季節のめぐりと食
住職 及川玄一  明けましておめでとうございます。  年賀状には、年頭にあたり「初春」「迎春」の文字を使います。厳冬期になぜ「春」なのか。  日蓮聖人のお言葉「妙一尼御前御消息」に「冬 ...
2019年 09月01日 発行
秋 第95号
人の心と犬の心
住職 及川玄一  最近、私が聞いたことです。「十三年間ともに暮らした愛犬が旅立った。今は、寄り添ってもらっていたと感じる。味があり楽しかった日々を忘れない」。―――「飼っていた〝子〟」 ...
2020年 09月01日 発行
秋 第99号
往時を憶う
住職 及川玄一  春のお彼岸前から心が晴れることの少ない日が続いています。見えないものと対峙する困難を痛感しますが、今はただ禍の先の光明を見出すべく努めております。幸いにも、お寺に働く ...
2020年 03月01日 発行
春 第97号
「長寿札」
住職 及川玄一  立春を過ぎたとはいえ、まだまだ寒い日が続いていますが、境内の梅が一輪、二輪とほころびました。いつしか開花の準備が整っていたようです。  お寺では数年前から節分会にあわ ...