菩提寺

発行日: 2022年 06月10日
季報: 夏 第106号 掲載

住職 及川玄一

 ロシアは大きな国土を持つが、人口は一億四千万人余。比べれば、一億二千万人余という日本の人口は決して小さくない。一方、フィリピン国民の平均年齢二十四歳を日本の四十六歳と比べれば、日本の高齢化を痛感する。ちなみに、平均寿命はフィリピン六十八歳、日本八十四歳だ。この国の少子高齢化が社会問題として捉えられて久しいが、長期にわたる景気の低迷、コロナ禍の影響もあってか、問題は一層際立ってきたと思う。

 昭和三十八(一九六三)年生まれの私よりひと回り上までが、いわゆる「団塊の世代」であるが、日本ではその集団が社会にさまざまな影響を与えてきた。ベビーブーム、受験戦争、郊外のニュータウン開発。そして今は加齢にまつわる商品の数々。新聞を開けばサプリメントから保険まで、高齢化した「団塊」目当ての広告が目立つ。死と死後までをもターゲットにする。「断捨離」「終活」「墓じまい」などの語が一般化した。

 墓じまいが語られるいちばんの原因は少子化、未婚者の増加、家父長制の崩壊にあると思うが、人々の「寺離れ」も著しい。僧侶のいない葬儀をセールスポイントにしたテレビCMが流れ、葬祭ホールの看板には「僧侶を呼ばない葬儀もできます」とある。費用を抑えるという経済的理由もあろうが、長年檀家制度にあぐらをかき、寺としての努力を怠った私たちの責任は大きいと思っている。

 私たち僧侶の大半は檀家にとっての菩提寺を預かる立場(住職)にあるのだが、寺離れ現象は菩提寺を必要と感じない人が増えたということでもあろう。先祖から続いてきた「家」の存在が次第に忘れられ、それを受け継いで行こうという意識も薄くなった。同時に個々の人生観、宗教観、価値観等は尊重されなければならない、という空気が広がった。

 だが、と私は思う。どのように社会が変化しても変わらないことがあると。それは人の死だ。それも自分の死ではなく他者の死だ。人は生きている限り、誰かを見送らなければならない。生きている限り避けられない。親、兄弟、師、友人、伴侶、ときにはわが子さえも。この世に生まれたかぎり多くの人と別れ、それを背負いながら生きなければならない。

 菩提寺は檀家の皆様の辛い別れの一つひとつを大切にお預かりする場所だ。檀家が負うことになった重い荷物の一部だけでも引き受け、荷を軽くするお手伝いをする場所なのだ。

 今年もお盆を迎える。百に近い精霊の新盆の供養をさせていただく。「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、お父さん、お母さん、仏さまに守っていただいて安心だね」。そう感じてもらえるように勤めたいと思う。 

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