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発行日: 2021年 09月01日
季報: 秋 第103号 掲載

住職 及川玄一

 前号では、宗教の分け方に「一神教」と「多神教」という方法があること。神道、仏教はともに多神教に属し、それらが文化的基盤になっている日本文化は、イスラム教やキリスト教など一神教が基盤になっている国々とは考え方に違いがあることを書きました。

 「違い」は、優劣をつけようとする際の判断基準になりますが、一方で、それぞれに特徴があるからこそ差異が見えます。違いの落差を埋めることで対等・平等になるものではありません。違いがあることが当然、と認識したいという提案でした。

 アフガニスタンでは、アメリカ軍の最終的な撤退開始後間もなく、タリバン勢力が首都カブールを奪還しました。政府・国軍のあっけない崩壊でした。同時に、長年アフガニスタンで活動を続け、2019年12月に武装勢力の襲撃により亡くなられた中村哲医師のことが頭に浮かびました。

 中村医師はアフガニスタンで医療活動に貢献した後、故郷を追われ、農業の基盤を失った人たちのために灌漑施設を作ろうと、その先頭に立ちました。水がなければ生きていけない。医療以前の問題でした。復活したタリバン政権下、中村医師が現地の人とともに築いた設備は、無事に働き続けるでしょうか。

 夏以降、コロナウィルスの感染者が急増し、ワクチンの接種進展への期待が集まります。しかし日々の報道では、接種をめぐる国や自治体の不手際を批判する声を聞きます。ワクチン接種が遅い、という声がありました。しかし、自国でワクチンの開発ができず、他国に依存せざるを得ない中、自分の都合を押し通そうとすることに、広く理解を得ることができるのでしょうか。ワクチンの数には限りがあります。日本が満足できるだけ入手すれば、他国の分は減ります。

 高齢者や基礎疾患がある人など抵抗力の弱いとされる方には優先して接種が行われました。国の有り様で考えれば、統治機構が整い、公衆衛生の環境、医療施設、医療用資機材の供給態勢が整っているわが国は、他より耐える力が強いのではないでしょうか。ならば、ワクチンの供給を受けるべき順位は下がるはずです。「日本人は我慢してでもまずは抵抗力が弱い国に譲るべきでは」との考え方があってもよいのではないでしょうか。一部に、入手に苦しむ国への外交的な配慮を挙げる論がありました。政治の力は「獲得力」ばかりではありません。

 アメリカのワクチン開発では、1985年に共産党独裁下のハンガリーからアメリカに移住した女性研究者の話を読みました。移住後も、少ない収入に耐えながら、画期的なワクチン製造につながる人工的mRNA研究を進めました。本格的研究が始まったのは1997年。この基礎があって、1年ほどの短期間でワクチンができました。

 中村医師は灌漑工事の際、出身地福岡県に江戸時代に作られ、今も使われている取水堰をモデルにしました。手近にある材料で現地の人とともに作れば、この後も人びとに残った記憶・技術・資材・道具で補修でき、使い続けられることを見通したのでしょう。アフガンの人と歴史と風土を読み解き、人と人として対等に扱う高い構想力に目を見張ります。

 他を思いやる。名声と栄達を求めない。譲る心と意思の力を讃えたいと思います。

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