贈り物〜人を思う心〜

発行日: 2020年 01月10日
成子新聞: 第7号 掲載

令和元年12月20日 法華感話会 法話

贈り物〜人を思う心〜

住職 及川玄一

 師走恒例の今年の世相を表す漢字が先日発表され、令和の「令」に決まりました。確かにこの一年を振り返ってみますと、平成の天皇陛下がご譲位なされたこと、新しい天皇陛下が即位されたことは、日本に暮らす我々にとって一番大きな出来事でありました。

寅さん

 この暮れから柴又帝釈天が舞台の映画「男はつらいよ」が二十二年ぶりに公開されるそうです。昔から私は寅さんが好きでした。盆暮れといえば寅さん、寅さんといえば盆暮れというように、日本人にとって年二回の特別な季節と結びついた風物詩であったことを懐かしく思い出します。

 その寅さんシリーズの中で、妹のさくらの子・満男が高校生か大学生くらいの時、寅さんに「人間て何のために生きているの?」と問いかけるシーンがあるんです。易しいようでとても難しい質問ですが、その問いかけに寅さんは「なぁ、満男。生まれてきて良かったと思ったことがこれまで何遍かあるだろう。それが答えなんじゃないのか」と返しました。

ラグビーに熱狂

 私自身この一年を振り返ると、「生まれてきて良かった」とまで思えたことはなかったような気がしますが、世間同様にラグビーのワールドカップには夢中になりました。ラグビー界では、日本での開催が決まって今年を迎えるまで、果たしてうまくいくのだろうかという不安な気持ちの方が強かったようです。目を向けてもらうためにさまざまな工夫がなされ、試合結果も伴って今や選手たちはテレビをはじめいろんな所でもてはやされています。日本にとってとてもよい時間だったと思います。

おため返し

 昨日、前の御前様、京都・妙顕寺の及川日周貫首様がお寺に寄ってくれました。叔父は若いころ京都で暮したこともあり、随分順応してお暮しなのかなと思っていましたが、なかなかそうではなく、京都の文化には戸惑うことが多いそうです。

 京都の習慣のひとつに「おためを返す」という言葉があると、本で読みました。京都は頂き物のやり取りが盛んで、物を頂いたときにすぐさまそのお返しをすることを「おため返し」というのだそうです。

 お祝い事であれ、不祝儀の品であれ、何か頂戴物をしたときのお返しに対する気遣いを大切にすることで、頂いた物よりも高すぎず安すぎないものを、できるだけ早くお返しすることをいうんだそうです。

 「おため」とひらがなで書いてありましたが、「お」は御、「ため」は為でないかと想像します。人様のために、ということでしょう。

良い友達

 鎌倉時代末期の歌人に吉田兼好がいます。京都大学の近くにある吉田神社の家系で、宮廷に仕えていましたが、後二条天皇が引退した時に自分も身を引いてその後出家をした人です。執筆した『徒然草』の中で、兼好は良い友達には三つあると言っています。一つは「物をくれる人」、二つは「医者」、三つは「知恵のある人」だそうです。物をくれる人ということは、当時から京都では物のやりとりがあったことがわかりますし、そういった頃から「おため返し」という言葉が京都に出てきたとも想像できます。

兼好と日蓮聖人

 吉田兼好と日蓮聖人、この世に出てきた時期は日蓮聖人の方が約六十年早く、二人に接点はありませんが、あえて共通点を探すとすれば、共に出家者、お坊さんだったということです。ただ、タイプの違うお坊さんだったろうなという気がします。兼好はどちらかというと、宮中の煩わしさを嫌い世間を捨てた出家です。

 日蓮聖人は出家はしても、「どうすれば国が良くなるのか」「どうすれば幕府が背筋を伸ばしてくれるのか」と、最後まで世を憂い、その憂いを力にかえて生きた方です。同じ出家者でも対照的といえます。

 兼好が物をくれる人が良い友達と半分冗談めかしく言っていますが、物をいただくということに対する態度も、兼好と日蓮聖人ではずいぶん違います。環境の違いも大きいと思いますが…。

身延山の日蓮聖人

 身延山に隠棲した日蓮聖人は、人恋しさを痛切に感じていました。ただでさえ人里離れた場所ですから、特にお正月を前にした冬は訪ねてくる人などありません。そんなとき聖人が信者の南條兵七郎殿に書いたお手紙があります。

「参詣遥かに中絶せり、急々に来臨を企つべし、これにて待ちいって候べし」。

 〝久しくここをお参りしてくれる人がおりません。急いでここに来る計画を立ててください。首を長くしてあなたが来るのをお待ち申し上げます〟と、お手紙の最後に書き添えられています。それほど寂しさは切実だったようです。

 この南條兵七郎殿は、日蓮聖人が鎌倉にいらっしゃった時に帰依した方です。伊豆半島の韮山に南條という土地があり、その土地の領主だったために南條と名乗っていました。やがて領地は富士の上野に移り、爾来、上野殿と呼ばれます。

 ある年のお正月、南條殿の子上野殿が日蓮聖人に届け物をしました。一月三日に届き、十一日付で日蓮聖人が礼状を書いています。

「十字(むしもち)六十枚、清酒(すみざけ)一筒、薯蕷(山芋)五十本、柑子(こうじ・蜜柑)二十、串柿一連送り候ひおわんぬ。法華経の御宝前にかざり進ぜらせ候ふ。春の始めの三日、種々の物、法華経の御宝前に捧げ候ひおわんぬ。花は開きて菓となり、月は出でて必ずみち、燈は油をさせば光を増し、草木は雨ふればさかう。人は善根をなせば必ずさかう。その上、元三の御志、元一にも超え、十字の餅、満月のごとし。事ごとまたまた申すべく候ふ」

 〝多くの品々を仏様の御宝前にお供えさせていただくことができた。人が来ない身延に何よりの物を頂戴した。雨が降れば草木が萌え、新月の細い月も十五日経つと満月になるように、あるいは灯に油をさせばポッと光が大きくなるように、善根、功徳を積む人は必ず栄えますよ〟と、上野殿のお気持ち、心持ちに心を打たれた様を素直に著されました。

 礼状を手にした上野殿のお気持ちはいかばかりだったでしょうか。心からお届けものをしてよかったと思われたに違いありません。

大切な頂戴物

 今日、私がお経の時につけていた茶色の袈裟は、実は二十年前、私が八王子・本立寺の住職になる時に、ある檀家さんからお祝いに頂戴したものです。頂いたのは袈裟というものでありますが、でも私が頂戴したのは〝しっかり頑張ってくださいね〟というお気持ちだと思い今日まで大切に使ってきました。

同情

 柴又のとらやには毎回、寅さんに会いたいという人が訪ねてきます。寅さんから何かごちそうになったとか、高価なものをもらったわけではないのになぜでしょう。

 映画の中で寅さんが相手役のマドンナの話を聞いてあげるシーンが思い浮かびます。どんな時でも静かに耳を傾ける。名答は用意できなくても「そうだよな」と同情してあげる。「わかるよ」と気持ちをそろえてあげる。その心持ちというのでしょうか。毎回同じことの繰り返しであってもこの映画が人の気を離さないのは、誰しもがそういう〝気持ち〟〝心持ち〟を大切に思う感情を持っているからなのだと思うのです。

 先ほどの日蓮聖人の言葉にあったように、お月様は必ず満月になり、雨が降れば草木は伸びる。それはどういうことかというと、「必ずそうなる」ということ。私たちが少しでも良い心持ち(善根)を周囲に贈れば必ず結果としてあなたが栄えますよ、ということを聖人は仰ってらっしゃるのです。

 「おため返し」のごとく物を頂戴したときに、間を置かず返礼をする、それもとても大切です。でも、もっと大切なのは気持ちを受けとり、気持ちを返すということです。そのことが互いの心を喜ばせるに違いありません。  今年も無事に一年を終えられることに感謝を申し上げつつ、新年も皆さんと共に「生きていて良かった」と思えるような心づくりをしていきたいと思っています。

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