四恩への報謝

発行日: 2022年 01月14日
成子新聞: 第14号 掲載

令和3年12月20日 法華感話会 法話

四恩への報謝

住職 及川玄一

 いつしか暦も十二月でございます。時の流れの速さを感じている方も多いことと思いますが、概ね順調に十二枚のカレンダーをめくることができたかなとありがたく思うところです。

 明後日には冬至を迎えます。長い夜がだんだんと短くなり、一歩一歩春に近づいていくという明るい気持ちにさせてくれる一日です。今日皆さんにお持ち帰りいただくお供物の中に、今朝境内でもぎました柚子をお入れしました。こんな都会の真ん中にあってお寺は豊かな自然に恵まれておりまして、柚子は一本の木から結構な数の実がなりますし、春には筍や梅の実、夏には茗荷もいつのまにか生えており、折々に季節を味わわせてくれます。実るべきものが実るときになってくれるというのが、季節が凡そうまく回ってくれている証しであり、そこにもやっぱり感謝する気持ちが自然とわいてくるところです。

 今日は皆さんと三十分の法要をいたしました。その中で読んだご文章は『開目抄』と名付けられた日蓮聖人のご遺文です。

「孝と申すは高なり。天高けれども孝よりも高からず。また孝とは厚なり。地厚けれども孝よりは厚からず。聖賢の二類は孝の家より出たり。何にいわんや仏法を学せん人、知恩報恩なかるべしや。仏弟子は必ず四恩を知って知恩報恩を報ずべし。」

 「孝行」は、皆さんが小さなころによく言われた言葉の一つかと思います。日蓮聖人はこのご文章の中で「孝行という行いが何よりも素晴らしく尊い行いですよ」と仰っています。どれほど素晴らしいかというと、天が高いというところの高いという字もコウと発音しますが、孝行の志というのはその高い天よりも高く、また、大地が厚いというときの厚もコウと読みますが、親に対する孝行の志というものは厚い大地よりも深い、それほど孝行というものは尊いものだとおっしゃられているのです。

 次の「聖賢」とは聖者と賢者。聖者といわれる人、賢者と認められる人は、どちらもその出自を見ると、孝行の志がよくいき渡った家から生まれているものですよ。仏法、仏さまの道を学ぼうという志を持っているあなたであるならば、なおさらにその孝行、四恩報恩を大事にしなければなりませんよというお言葉です。

 四つの恩とは、①父母がくれる恩②すべての生きとし生けるものがくれる恩③国主がくれる恩、これは日本でいえば天皇陛下です。そして④仏様の恩。この四つの恩に報ずることを心掛けることが大切で、何よりも父母に対する恩が一番重い恩ですと説かれています。

 毎朝、複数の新聞に目を通しています。その中でも必ず読むことにしているのが産経新聞の朝刊一面にある読者投稿のコーナー、「朝晴れエッセー」です。十二月九日に掲載されていたお話を紹介します。

4つ子たちへ 
妻は長い不妊治療を経て、24年前の12月に4人の子を産んだ。超未熟児の4人はしばらく新生児集中治療室で過ごし、2カ月後に自宅に帰された妻は長い不妊治療を経て、24年前の12月に4人の子を産んだ。超未熟児の4人はしばらく新生児集中治療室で過ごし、2カ月後に自宅に帰された。夫婦は初めての子育てにおろおろしながらも、泣けば抱き、おむつを替え、ミルクを飲ませて毎日が過ぎた。粉ミルク缶は3日でなくなり、紙おむつは箱で買った。大人4人が子を一人ずつ抱き、タクシー2台に分乗して予防接種に行った。入浴は風呂場で子を受け取り、一緒に湯船につかり、洗い場に出て髪や身体を洗い、再び湯船につかってから子を妻に渡し、次の子を受け取るということを4回やった。夜中に適温のミルクを次々とできるだけ速く作るにはどうしたらいいか考えた。双子用ベビーカー2台を押し、荷物をどっさり持って移動した。車には4つのチャイルドシートを付けた。大人用の布団1枚に4人全員を並べて寝かせることができた。4人とも寝た奇跡的な時間に聞こえる小さな寝息は、ずっしりと重い4つの命を感じさせた。それらを預かる責任と重圧で胸が苦しくなった。多くの人に助けられながらの怒涛のような子育てだった。4人は大きな病気やけがもなく成長した。頑張って4人を産み、子育てに奮闘した妻は、4人が12歳の誕生日を迎えた頃にがんの宣告を受け、4カ月の闘病の末に亡くなった。それからまた12年が過ぎた。それぞれの場所で頑張り、今月誕生日を迎える年男、年女の4人へ。君たちが生まれた頃の様子を話しておきたくなったのだよ。

産経新聞 令和3年12月9日「朝晴れエッセー」伊藤敏孝(63)東京都中野区 より

 四つ子を授かった父親が書いた文章です。中野区とありますから、お寺から遠くないところにお住まいなのでしょう。二十四年前、結婚してだいぶたってからやっと授かったのが四つ子さんだった。お父さんはその時三十九歳ですから、中年になってから授かった子どもだったということですよね。初めての子供で一人でも大変なのに、いっぺんに四人ですから本当に大変だったということは誰でも想像ができます。

 幸いだったのは、予防接種に大人が四人で行ったといいますから、ご夫婦どちらかの両親でしょうか、助けてくれる人がいたこと。そして、一缶が三日でなくなる粉ミルクを買い続けることができたこと。そして、奥様とも仲が良く大変な中でも二人で協力できたことなどが文章から分かります。

 ところが、私もまさかと思いましたが、お子さん方が十二歳の時に奥様が癌でお亡くなりになってしまいます。この文章を書いている時は、それから十二年ということですから、お子さん方は二十四歳。想像するにもう学校も終わって、それぞれが独立して働いてくれているんでしょう。今となってしまえば皆元気で良かったとなりますが、多感な時期を迎える十二歳、小学六年生の4人を抱え、このお父さんはどれほど一生懸命にがんばられたことでしょうか。また、大事な命を育てる役割を負った自分の責任の重さというものも子供が小さいときにお感じになっている方です。それだけにまた責任が倍に重くなり、励みになったところもありましょうが、大変なことであったろうなと。ことによったら助けて下さっていた親御さんも年々歳をとるわけですから、そちらも助けていかなければならないこともあったかもしれません。わずか八百字ばかりの文章ですが、いろんなことを考えさせられます。我々にとってみれば兄弟でも親戚でもない男性ですが、お話を聞くとそれだけでも感じるものがありますから、親子であればその何十倍、何百倍の思いがあることと思います。悲しい思い出でもありますが、尊い思い出として子供たちに伝えたくなられたのでしょう。

 今朝の新聞には娘との関係に悩む八十歳を過ぎた母親の相談事も出ていました。親子といってもそれぞれがいろんなものを抱えていて、その間柄はさまざまです。でも、ここに我々がいるということは、必ず親がいるということ。我々は親がしてくれたことの万分の一も知らずに生きているのではないでしょうか。先ほどの四つ子のお父さんはただただ夢中で子供たちのためにと尽くされました。恩を着せようなどという気持ちは微塵もなかったと思います。父、母の苦労を知って、四人の子どもたちそれぞれがどのような気持ちを抱くのかは分かりません。それでも今まで知らなかった、気付かなかった自分たちへの両親の行い、思いの一端を知り、感謝の情は増したにちがいありません。

 日蓮聖人は「孝行という親に対する恩返し、これが一番尊い行いですよ」と教えて下さいました。お寺参りは立派な孝行のひとつです。月に一度であってもお寺にお参りをして、亡き方々に手を合わせる尊さは、天よりも高く、大地よりも厚い、それだけ重みのあるものです。今日は「今年一年を無事に暮らせましたよ、お守り下さってありがとうございます」と感謝を伝えることもできました。そんな皆様に日蓮聖人は「一年よくがんばりましたね」と、お褒めの言葉を下さったはずです。

 私は住職として、皆さんが孝行をする機会をつくらせていただいていること、皆さんの孝行に携わらせていただいていることにありがたさと喜びを感じています。そして、そんなありがたい気持ちで一年を締めくくれることも、またありがたいなと思っております。

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