「彼岸に此岸の縁を想う」

発行日: 2022年 04月13日
成子新聞: 第17号 掲載

令和4年3月20日 法華感話会 法話

「彼岸に此岸の縁を想う」

住職 及川玄一

 こんにちは。暦は三月に入り、お寺の枝垂桜の枝がだいぶ赤く見えるようになってきました。昨年は花の付きが悪く、元気の無さを心配しましたが、花の散った後にはしっかりと葉が茂り安堵しました。早いものでそれからもう一年が経ちます。

祖母、旅立つ             

 三月の三日、四日には法華感話会の皆様方には祖母かず子(養珠院妙修日和大姉、満九十七歳)の通夜・葬儀にご参列を賜り、誠にありがとうございました。おかげさまで無事に送らせていただくことができました。

 祖母は50年以上もこの寺に暮らし、寺を離れることなど考えたこともない方でしたが、二年半ほど前に家で面倒を見ることが難しくなり、息子、娘が暮す埼玉の老人福祉施設でお世話いただくようになりました。施設では穏やかに、また、細身でしたがしっかり召し上がる人でしたから、おいしいものを食べて元気に過ごすことができていたようです。

 ただ残念なことは、多くの方が経験していることですが、コロナ禍のために面会が許されず、思うように会うことができなかったことです。新型コロナウイルスの院内感染もあり、そのような中で祖母は旅立ちました。

 訃報は突然のことでしたが、とにかくお寺にお帰りいただこうと、大玄関を掃除し、座敷を整えてお帰りを待ちました。久しぶりにお顔を見ることができたわけですが、そのお顔は美しく安らかで、少し悲しみが癒されました。今は書院に遺骨が安置されていますが、四十九日忌にあたる四月十六日、私どものお墓がある八王子本立寺に埋葬する予定で、ちょうど昨日、親戚方に法事の案内を出しました。世の中がまだ落ち着かない状況ですので、今回は祖母の子供たちを中心とした身内でつとめさせていただこうと考えております。

祖母と祖父の縁            

 先ほどご回向申し上げましたように、昨日が祖父の命日でした。早いものでもう三十年ですから、祖母も祖父を送ってそれだけの間、頑張ったことになります。

 仏教的な因縁の不思議を「禍福は糾える縄のごとし」という諺が教えてくれますが、祖母と祖父の間にも不思議な縁がありました。それは不幸に起因する縁でした。そもそも祖母は最初のご主人を早く亡くしました。祖父もまた四十六歳のとき妻を亡くしています。どちらかの伴侶が元気でいたならば、祖母と祖父が再婚することはありませんでした。人生というのは不思議と言いましょうか、様々な因縁があることを、祖父、祖母の人生の一断面を見ただけでも感じさせられます。

祖父の師匠、及川真能上人     

 また、今日は当山第三十五世王子院日龍(及川真能)上人のご命日でもありまして、そのご回向もさせていただきました。私の祖父の二代前の御前様です。

 祖父をご存知の方はいらっしゃいますが、さすがに真能上人にお会いになった方はおりません。真能上人が生まれたのは江戸時代の安政元年です。ペリーが日本にやってきた翌年といえば少し想像できるかもしれません。「泰平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず」。黒船来航の衝撃を今に伝える有名な句ですが、そんな、徳川の泰平が崩れて、明治に向かって走り始めた時代に生まれたのが真能上人です。

 生まれは千葉・本山日本寺の近くにある飯高という村です。当時の僧侶は妻帯しませんから、寺の子として生まれた方ではありません。叔父にあたる方が今でいう千葉県佐倉市で日蓮宗の寺の住職をしており、九歳の時にその叔父のもとに預けられたそうです。仏縁を得てそこで出家得度しました。その後どのように縁が派生したのか、わずか十一歳で八王子の本立寺に修行に出されたのだそうです。

 時代は明治となり、二十代後半で京都の宮津本妙寺の住職となりました。その後に八王子本立寺の住職、そしてこの常圓寺の住職になったのが明治四十年で、亡くなる昭和十二年までお務めになられました。私にとって真能上人は、血のつながりはありませんが、非常に縁の深い方です。

不思議な縁のつながりの中にある命   

 及川真能上人は明治・大正期の日蓮宗を代表する立派なお上人でしたが、とくに子弟の育成に努められました。その弟子の一人が私の祖父です。師弟関係は名前を見るとよくわかります。真能上人の場合、十一歳で修行に出た八王子本立寺の住職が安原学能というお上人でしたから、真能上人の「能」はお師匠さんの学能上人からいただいたものと想像できます。

 私の祖父は真能上人の弟子になりましたが、祖父のもともとの名前は真悟。すでに真という字をもっていましたので、おそらく学能上人の学の字をもらって真学と名付けられたのだと思います。

 私の祖父は京都市内の生まれで、生まれた時の苗字は後藤でした。ところが島根県の寺に嫁いだ叔母のところに跡取りとして養子に出ることになり、苗字が藤原に変わりました。寺の後継者として育ち、将来を嘱望される中に関東大震災の日に上京し、預かっていただいたのがこの常圓寺でした。

 そして、当時の住職が及川真能上人でした。諸々の縁が重なり合い、祖父が真能上人の後の住職であった柴田一能上人の娘と結婚することになったとき、真能上人と養子縁組をして藤原から及川に姓が変わりました。

 真能上人がいらっしゃらなければ、私も今ここに座ってはいません。わずか三代、四代前のほんの一部分を見ただけですが、まさに「禍福は糾える縄のごとし」で、不思議な縁、妙な縁が織りなす過去から今への奇跡的なつながりの中に自分があることを強く感じます。

キッチンでのお茶会          

 産経新聞三月十九日朝刊の「朝晴れエッセー」に次のような投稿が載っていました。

 「キッチンでのお茶会」

 キッチンにある母の嫁入り道具の古い茶箪笥の上に、父の写真を飾った。
 タバコをおいしそうに燻らせている。
 写真を撮ろうとすると緊張する父だったが、この写真はくつろいでいて、普段の父らしくて大好きな一枚だった。
 それから月日を重ね、いつの間にか、茶箪笥の上には母や叔母、義父や友人と写真が増えていった。
 義父は庭先に座り、趣味のサツキの世話をしている。
 友はギターを弾き、叔母と母は、おめかしして笑っている。
 ある日、私が一人キッチンでコーヒーを飲みながら茶箪笥の方をふと見ると、皆が笑顔でこちらを見てくれている
 ことに気づいた。
 朝晩お茶を、それぞれに供えてはきたが、私と一緒に皆がお茶会をしてくれているとは気づかなかった。
 昔のままの、にこやかな笑顔に包まれていると「そっちの世界も悪くないね」。
 そう思えてきた。
 「だけど、もうしばらくは、私はこっちでがんばるからね」と写真たちに話しかけた。
 この冬、茶箪笥の上に、夫の写真が仲間入りした。

 投稿したのは兵庫県宝塚市に住む井上由季恵さんという67歳の女性です。

 お子さんがいるかはわかりませんが、少なくとも今は一人暮らしをなさっています。台所には母親が嫁入り道具で持ってきた茶箪笥が置いてあって、その上に亡くなったお父さんの写真を飾り、毎日そこにお茶を上げています。

 女性はある時、ふと気づきます。一人でお茶を飲んでいると思っていたけれども、すでに亡くなってしまった懐かしい人たちといただくことができているんだと。それにしても皆いい顔で写真に写っているし、あちらの世界に行けば皆と会えるし、そっちに行くのも悪くないとも思うけれども、もう少しこっちの世界でがんばってみる、と今の気持ちを伝えています。そして最後の一行に、「夫の写真が仲間入りした」と。

此岸にいる不思議を感じる       

 お彼岸のお経に伺ったお宅で近しい親族を亡くされたご婦人とこんな話をしました。人間の辛いところは、生きている限り誰かを送る側の立場に立たされることです。送られるのは自分が旅立つときだけで、生きている限り誰かを送り続けなければなりません。多く年齢を重ねるということは、それだけ多くの人を送るということで、長寿はめでたいばかりでなく、ご苦労なことでもありますね、と。

 亡き方々が住む「彼岸」は川の向こう岸という意味です。我々が暮らすこの世は此岸といいます。お彼岸はご先祖を偲ぶときでありますが、こちら側の岸辺にどうして私がいるのかということを、偲ぶ気持ちと同時に感じるべきときでもあります。私たちの命は数えきれない、無限に近い因縁が織りなす川の延長に存在しています。

 今日もお唱えした開経偈の冒頭「無常甚深微妙の法は」のごとくです。何百何千何万何億という微妙な不思議な縁が重なっていただいているのが私たちの命なのです。私たちがこの世の中(此岸)にいること、そしてそれが実に不思議で稀なことであることを彼岸のこの時節に確認することができたなら、それだけでとても尊いことのように思います。

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